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Who am I? 私はだあれ? vol.1

宇陀の報恩寺は名前の通り奈良県の宇陀市にあります。
宇陀市というのは、2006年(平成18年)に1月1日、宇陀郡大宇陀町・菟田野町・榛原町・室生村の4町村が合併して誕生した市です。

報恩寺があるのは、その中の大宇陀に当たります。

私は生まれたのは奈良市内で、この報恩寺というのは自分にとっては「祖父の住んでいる所」というのが物心ついたころの印象でした。
父親は当時高校の教師をしており、盆、彼岸というお墓参りの方が多い時期にはお手伝いに帰っていたのですが、基本は祖父とあとは智教さんという尼僧さんがお寺を切り盛りしていました。

祖父も退職するまでは高校の教師や管理職をしていました。

私が生まれたのは1971年で、団塊ジュニア世代の走りです。
団塊の世代とは、1947年から49年の3年間に生まれた人たちで、毎年約270万人の子どもが生まれたそうです。ちなみに昨年の出生人数は102万9800人だそうです。

私の両親ともに1947年以前の生まれなので、実際のところ、私は団塊ジュニア世代ではなく、偽団塊ジュニア世代になります。あまり自分が団塊ジュニア世代と思ったこともあまりありませんでしたね。

体感的には1973年生まれ以降の人たちと自分は何か大きな断絶を感じるので、主な団塊ジュニア世代はそれ以降に生まれた人たちで、後は緩やかに減少していくのでしょう。

自分が大学に入学するまでの学生時代というのは、まさに「受験戦争」ということにいかに青春を捧げるか(みんながみんなそうだったとは思いませんが)ということが、当たり前で、親もそういう背景の中で、子どもに過干渉することが当たり前の時代だったと思います。

なので、私も祖父がお寺の住職をしているからと言って、小さい頃からお参りに一緒に行く等の関わりというのはありませんでした。
小学校から塾に通い、中学受験をして6年制の進学校に通い、偏差値の高い大学に合格することを最優先に私は学生時代を過ごしてきました。

高校生から新年の檀信徒さんのお家への挨拶回りは手伝うようになりましたが、初めて法衣に袖を通したのは、1浪して2度目の大学受験が終わった春のお彼岸の時です。

体調を崩し、入退院を繰り返していた祖父だったのですが、お墓のお勤めの仕方を教えてくれました。

教えてもらった時の記憶はあまり鮮明でないのですが、お彼岸のお参りに来られた方のお墓参りを祖父と一緒にして、その時にしんどかったのか祖父がしゃがみながらお経を唱えていたことはなんとなく覚えています。

お彼岸も終わり、年度末ギリギリの3月25日に大学の合格通知をもらって、長い受験戦争にようやく終止符が打たれました。小学校の4年生からですから苦節10年間です。

さあ、「大学生になって自分のやりたいことをいっぱいするぞ〜」

私の目の前には無限の選択肢と可能性が待っているような気分でいっぱいになっていました。

そんな矢先、祖父が亡くなったという知らせを受けたのは、大学の入学式の直前のことでした。

両親は葬儀の準備でバタバタしているために私は1人で大学の入学式に向かいました。

「なぜ、このタイミングに」というのが私の人生を翻弄させて行く大きな問いかけになったしまったのは言うまでもありません。

(24日の法話会もこんな私の話をする予定です〜 瞑想法話会&座談会 12月24日(水)午後7時〜

私と法然上人 vol.1

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